研究内容

研究課題:ヘリコバクター・ピロリ感染による胃発がん分子機構の解明

ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)は人の胃粘膜に棲息する螺旋型のグラム陰性桿菌であり、世界人口のおよそ半数に感染していると推定されています。1982年にMarshallとWarrenにより同定されて以来、ピロリ菌の持続感染は萎縮性胃炎ならびに胃潰瘍等の胃粘膜病変を引き起こすことが明らかにされてきました。しかし、ピロリ菌感染者の多くは無症候性に経過し、胃粘膜病変を発症するのは感染者の一部です。我々は、これまでの一連の研究を通して、cagA遺伝子を保有するcagA陽性ピロリ菌の持続感染が胃がん発症に必須の役割を担うことを明らかにしてきました。当研究室では、ピロリ菌感染を基盤とする胃発がんにおける細菌性がんタンパク質としてのCagAの役割の解明ならびにCagAを分子標的とした治療開発を目指し、分子から個体レベルにいたる多角度から先端的研究を進めています。

また、CagAが撹乱する宿主側の標的分子やシグナル伝達経路について、CagA非依存的なアプローチからその生理的・病態生理的機能に迫ることで、より普遍的な生物学的役割の理解を目指した研究にも取り組んでいます。

H. pylori ピロリ菌−胃上皮細胞間相互作用の走査電子顕微鏡像

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ピロリ菌CagAによる細胞増殖シグナルの脱制御ならびに上皮細胞極性の破壊

cagA陽性ピロリ菌の菌体内で産生されたCagAタンパク質は、ミクロの注射針様の分泌装置であるIV型分泌機構を介してCagAを胃上皮細胞内に移行し、細胞膜の内面に付着します。我々は、このCagAの細胞内移行と細胞内での膜局在には、ホスファチジルセリンという細胞膜成分のリン脂質との相互作用が重要であることを発見しました。細胞膜内面に局在したCagAはSrcファミリーチロシンキナーゼ(SFK)によりチロシンリン酸化を受けます。リン酸化されたCagAが結合する細胞内標的分子としてヒトがんタンパク質として知られるSrc homology 2-containing protein tyrosine phosphatase(SHP2)を同定しました。CagAとの複合体形成により活性化されたSHP2は、focal adhesion kinase(細胞接着斑キナーゼ:FAK)の不活性化を介して細胞運動能を亢進し、細胞増殖刺激様形態変化(hummingbird表現型)を誘導することを明らかにしました。さらに、CagA依存的に活性化されたSHP2はErk-MAPキナーゼ経路を介して異常な増殖シグナルを生成することを示しました。

胃粘膜上皮細胞はtight junctionsと呼ばれる細胞間接着構造を介して単層の極性化細胞層を形成します。極性化させた単層上皮細胞にCagAを発現させると、CagAはリン酸化非依存的に上皮細胞極性を破壊します。我々は、上皮細胞極性破壊活性を担うCagA分子内領域を同定し、この部位に特異的に結合する分子を探索した結果、partitioning-defective 1b(PAR1b)を同定しました。PAR1bは上皮細胞の極性形成と維持に必須の役割を担うセリン/スレオニンキナーゼです。CagAはPAR1bとの結合を介してPAR1bキナーゼ活性を抑制すると同時に、非定型的タンパクキナーゼC(aPKC)依存的なPAR1bのリン酸化を阻害することにより上皮細胞極性を破壊することを明らかにしました。さらに、CM配列とよばれる16アミノ酸から成るCagA分子内領域がPAR1bとの結合に必須であることを見いだしました。我々は、CM配列がCagAの多量体形成及びSHP2との安定な複合体形成に関わる領域であることを示しています。そこで、CagA/PAR1b複合体形成とCagA/SHP2複合体形成の関連性を解析したところ、PAR1bによりCagA/SHP2複合体形成が増強されることが明らかになりました。このことから、CagA/PAR1b複合体形成は上皮細胞の極性破壊のみならず、SHP2活性化を介したCagAのリン酸化依存的な生物活性においても重要な役割を担うことが示されました。

主要文献:Higashi et al., Science (2002) / Saadat et al., Nature (2007) / Murata-Kamiya et al., Cell Host Microbe (2010)

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CagAの分子構造多型と発がん性の関連

胃がんは部位別癌死亡の第三位を占め、その数は全世界癌死亡の約10%にのぼります。なかでも日本を含む東アジア諸国は胃がんの多発国として知られています。興味深いことに、ピロリ菌の株間には著しいゲノム多型が存在します。我々は、欧米諸国で採取されたピロリ菌ならびに東アジア諸国で採取されたピロリ菌の間でCagAの分子構造に明確な違いが存在し、東アジア型CagAは欧米型CagAに比べSHP2結合能が高いことを見いだしました。このことから、CagAによるSHP2の脱制御が胃がん発症に関連することが強く示唆されます。また、CagAの生物活性の違いが胃がん発症の地域的偏りを作り出していると考えられます。

主要文献:Higashi et al., Proc Natl Acad Sci, USA (2002) / Naito et al., Gastroenterology (2006)

さらに、X線結晶構造解析を通してCagA-SHP2複合体形成を担う立体構造を解明しました。その立体構造の比較から、CagAのSHP2結合能に大きな影響を与える構造基盤として、東アジア型CagAと欧米型CagAとの間でリン酸化チロシン残基から5残基下流に存在する1つのアミノ酸残基の違い(それぞれ、フェニルアラニン残基とアスパラギン酸残基)によって生じる立体構造の差異を明らかにしました。

主要文献:Hayashi et al., Cell Reports (2017)

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個体レベルにおけるCagAの発がん活性

培養細胞を用いた研究から、CagAによる発がん関連細胞内シグナル脱制御の分子機構が明らかになってきましたが、個体レベルにおいてCagAが発がん活性を有するどうかは不明でした。そこでCagAの発がん活性を実証するため、全身性にCagAを発現するcagAトランスジェニックマウス(cagA-Tg)を作製しました。生後12週齢までにcagA-Tgの約半数において胃上皮細胞の過増殖による胃壁の肥厚が観察されました。さらに、生後72週齢までに一部の個体から胃がん、小腸がんさらには血液がん(骨髄性白血病ならびにB細胞リンパ腫)が発症しました。一方、チロシンリン酸化耐性型CagAを発現するトランスジェニックマウスでは腫瘍性病変を含む異常は認められませんでした。従って、cagA-Tgにおけるがん発症にはCagAによるSHP2の脱制御が重要な役割を担うものと推察されます。以上の結果から、CagAは生体内において発がん活性を有する初の細菌性がんタンパク質であることが証明されました。

主要文献:Ohnishi et al., Proc Natl Acad Sci, USA (2008)/ Miura et al. Int J Cancer (2009)

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CagAの分子立体構造の解明

CagAは他の既知のタンパク質とアミノ酸配列の相同性を全くもたない分子であり、解析の難しさからその三次元分子構造はこれまで全く不明でした。タンパク質の立体構造はその分子の機能を詳細に明らかにする上で重要な情報であることから、CagAタンパク質の立体構造解析を試みました。その結果、既知の分子とは全く異なる3つのドメイン(ドメインI~III)から構成されるCagAの立体構造を世界に先駆けて解明することに成功しました。一方、CagAのEPIYA繰り返し領域を含むカルボキシ末端側領域は一定の高次構造を形成しない「天然変性構造」を有することが明らかになりました。天然変性領域は高い柔軟性を保つことで様々な標的分子に合わせて形状を変化させることができ、多種多様な相互作用を形成するCagAの重要な構造的特徴であると考えられます。

結晶構造に基づく機能解析からCagAの細胞内移行と膜局在に必須なCagA-ホスファチジルセリン相互作用を司る領域としてCagAのドメインIIにおける塩基性アミノ酸のクラスター(塩基性パッチ)を同定しました。さらに、CagAはアミノ末端領域のNBSと呼ばれる配列と天然変性領域中のCBSと呼ばれる配列の間で分子内相互作用することによって「投げ縄様ループ」を形成することがわかりました。CagAは投げ縄様ループ形成によってSHP2やPAR1等の相互作用分子と効率よく相互作用することが明らかとなり、立体構造の変化に応じて細胞内シグナル脱制御活性を調節する機能を有したタンパク質であることが示されました。

主要文献:Hayashi et al., Cell Host Microbe (2012)

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CagAによる細胞のリプログラミング機構

細胞内に侵入したCagAタンパク質はβ-cateninの核内移行の促進を介して転写因子CDX1の発現を誘導することを見出しました。このCDX1が、細胞の分化状態をリプログラムする因子であるSALL4遺伝子KLF5遺伝子の転写を直接活性化することを明らかにしました。

代表的な胃がんとして小腸様の細胞の形質を獲得した腸型胃がんの存在が知られていますが、その発生メカニズムは全く不明でした。多細胞生物の細胞は幹細胞等の多様な細胞に分化する能力を保持した未分化な細胞から個々の分化した細胞への一方向性に分化します。一般に正常な細胞では分化した状態から未分化な状態への逆方向に遡る「脱分化」現象は起こりません。しかしながら、ピロリ菌感染によって発現が誘導されたSALL4とKLF5は、胃上皮細胞から分化レベルを遡って未分化な腸上皮幹細胞様の細胞へと情報をリプログラムし細胞を脱分化させることを発見しました。CagAが侵入した胃上皮細胞ではこのリプログラムによって未分化な状態へと異常に遡った幹細胞様の細胞を経由することで腸型胃がんが生じる、という発生経路を分子メカニズムと共に初めて実証しました。

主要文献:Fujii et al., Proc Natl Acad Sci, USA (2012)

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CagAの発がん活性を抑制する酵素SHP1の同定:胃がんにおける細菌とウイルスの協調

CagAはチロシンリン酸化依存的にがんタンパク質SHP2と複合体を形成しますが、CagAを特異的に脱リン酸化することでCagA-SHP2結合を抑制する酵素としてSHP1を発見しました。 CagAが発がん活性を発揮するためにはSHP2との結合が重要であることから胃がん発症をコントロールする分子標的としてSHP1に大きな期待が寄せられます。

日本人の胃がんはほぼ全てがピロリ菌感染に起因すると考えられています。一方、Epstein-Barrウイルス(EBV)もまた昔から胃がんとの関連が疑われていました。ピロリ菌陽性胃がん患者のうち10%程度の症例はEBVにも感染していることがわかっていました。さらにEBVに感染した胃がん細胞のゲノムを調べると、DNAの一部に高度なメチル化が起こっていることも知られていました。一般に、DNAのメチル化が起こるとそこに存在する遺伝子の発現は抑制されます。

そこで、EBVに感染した細胞のDNAメチル化を詳しく解析したところSHP1遺伝子が高度にメチル化されていることを発見しました。即ち、H.pylori陽性且つEBV陽性の胃がん細胞ではSHP1の発現が抑制されることでCagAの発がん活性が上昇し、その結果がん形成が促進するという反応経路が存在することを明らかにしました。これは細菌とウイルスが発がん過程で連携し合う現象とそのメカニズムを実証した初めての報告です。

主要文献:Saju et al., Nature Microbiology (2016)

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CagAが標的とするがんタンパク質SHP2の新規基質の同定

SHP2の未知の機能を解明するためSHP2の基質分子を網羅的に探索しました。その結果、核において転写調節ならびに転写後調節に関与するPAF複合体の主要な構成因子であるparafibrominをSHP2の新規基質分子として同定しました。parafibrominは細胞増殖およびがん化に抑制的な機能をもつことが報告されている核内タンパク質です。SHP2は細胞質にのみ存在すると考えられていましたが、この結果を受け、これまでほとんど研究対象とならなかった核内でのSHP2の機能に着目しました。その結果、発がんシグナルとして有名なRASシグナルの活性化により顕著にSHP2の核への移行が促進されることを見出しました。核に移行したSHP2はparafibrominを直接チロシン脱リン酸化し、parafibrominとβ-cateninとの複合体の形成を亢進することでWntシグナルを活性化することを突き止めました。Wntシグナルは細胞の増殖およびがん化を促進することから、これまでの報告とは対照的にparafibrominはがん化に促進的な機能的側面を有することならびにその発がん機能の獲得にはSHP2によるparafibrominのチロシン脱リン酸化が重要であることを解明しました。

主要文献:Takahashi et al., Molecular Cell (2011)

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細胞内ロジックボードとしてのParafibromin

細胞は外部から受ける多様な刺激に応答して多彩な細胞内情報伝達経路を活性化し、細胞分裂、細胞分化あるいは細胞死など、状況に適した生物反応を惹起します。細胞内に加えて細胞間の情報伝達が重要となる多細胞生物では、「形態形成シグナル」とよばれる情報伝達経路群が個体の発生や維持に重要な働きをもっています。しかしながら、「1個の細胞が2種類以上の異なる形態形成シグナルを同時に受け取った場合、複数のシグナルは細胞の中でどのような仕組みにより統合的に処理され、状況に応じた適切な細胞機能の発揮が可能となるのか?」という疑問は、謎のまま残されていました。

我々は、SHP2の基質として同定したparafibrominは3つの主要な形態形成シグナルであるWntシグナル、Hedgehog(Hh)シグナル、Notchシグナルの標的となる転写共役因子と選択的(競合的あるいは協調的)に複合体を形成することで、細胞の状況に応じた適切な遺伝子発現を可能にしていることを明らかにしました。このことから、parafibrominは細胞が受け取った複数の異なる入力シグナルを細胞内で統合し、適切な出力(転写誘導)へと変換するコンピューターの「ロジックボード」に相当する機能を持つ分子であると結論づけました。

細胞内シグナル統合の破綻はがんや先天奇形の原因となることから、本成果はこうした疾患に対する新たな治療法や予防法の開発につながると期待されます。

主要文献:Kikuchi et al., Nature Communications (2016)

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細胞密度に依存したSHP2の細胞内局在と機能

細胞内におけるSHP2の局在を制御する分子機構はこれまで全く明らかにされていませんでした。そこで、SHP2の細胞内局在を司る分子機構の解明を試みました。その結果、SHP2が細胞の密度に依存して増殖を制御するHippo経路の標的タンパク質であるYAPおよびTAZと複合体を形成することを発見しました。正常な細胞は互いに接触し合う密度に達すると増殖を停止する「接触阻止」と呼ばれる仕組みを持ちます。Hippo経路は細胞の密度を感知するシグナル伝達系であり、培養細胞における接触阻止や個体における臓器の大きさの決定、さらには、その異常が発がんに関わることから近年大きな注目を集めています。Hippo経路は多くのがん細胞で失われることが知られており、その結果細胞密度が増大しても接触阻止を誘導できず、がん細胞は細胞密度を無視して増殖・分裂を繰り返します。

我々の研究で、細胞密度が低くHippo経路が活性化していないときには、SHP2は脱リン酸化の状態にあるYAP/TAZとともに核へと移行し、β-cateninならびにYAP/TAZに依存的な転写の活性化を促進することを明らかにしました。一方、細胞密度の増大に伴いHippo経路が活性化すると、リン酸化に依存したYAP/TAZの細胞質滞留に伴いSHP2も細胞質に留まり、核における転写制御に関わるSHP2の機能は抑制されることを見出しました。これらの結果から、細胞増殖に促進的に働くRAS-MAPK経路、Wnt経路ならびに細胞増殖に抑制的に働くHippo経路という3つの異なる細胞内情報伝達経路がSHP2を介してお互いに情報を受け渡し合い、細胞密度に依存した細胞増殖の調節を行っていることが明らかとなりました。

主要文献:Tsutsumi et al., Developmental Cell (2013)

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がんの発症・進展に寄与するヒアルロン酸分解を介したHippoシグナルの破綻

Hippoシグナルはがん抑制的にはたらく情報伝達経路で、細胞が互いに密に接着すると活性化され接触阻止を誘導し細胞増殖を負に制御します。しかし、どのように細胞外からの情報を授受してHippoシグナルが活性化されるのか、とりわけ細胞外基質が果たす役割はこれまで明らかにされていませんでした。

我々は、細胞外基質分子である高分子ヒアルロン酸(HMW-HA)が細胞膜上のヒアルロン酸結合タンパク質CD44を集積化することによりHippoシグナルを活性化することを見出しました。さらにその分子機序として、PAR1bがMST1/2と複合体を形成することによりHippoシグナルを抑制する一方、集積したCD44の細胞内ドメインにPAR1bが結合するとPAR1b-MST1/2複合体形成が阻害される結果Hippoシグナルが活性化することを明らかにしました。これに対し、低分子ヒアルロン酸(LMW-HA)はCD44の集積を誘導せず、むしろHMW-HAによるCD44集積を競合的に阻害することでHippoシグナルを不活化することが判明しました。

HMW-HAはヒアルロン酸分解酵素HYAL2によってLMW-HAへ分解・変換されます。我々は、悪性度の高い乳がんとして知られるトリプルネガティブ乳がんにおいてHYAL2が高レベルに発現していることに加え、HYAL2の高発現に一致したHMW-HAの消失ならびにLMW-HAの蓄積さらにはYAPの核内蓄積を突き止め、Hippo経路による細胞増殖の抑制機構に破綻を来していることを見出しました。また、マウスを用いた腫瘍移植実験においてHYAL2の過剰発現によりHMW-HAの分解を通してHippoシグナルが阻害され造腫瘍性が著しく亢進することを実証しました。これらの結果から、ヒアルロン酸は分子量に依存して生体内のHippoシグナルのON/OFF調節に決定的な役割を果たすことが明らかになりました。

本研究成果に基づき、ヒアルロン酸やHYAL2を分子標的とすることでHippoシグナルの破綻を伴う悪性腫瘍に対する革新的な予防・治療法の開発が期待されます。

主要文献:Ooki et al., Developmental Cell (2019)

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YAP1の選択的スプライシングに依存した細胞自律的/非自律的な発がん機能制御

YAP (YAP1)遺伝子は9つのExonで構成され、少なくとも8つのスプライスバリアントが存在することが知られています。本研究では、選択的スプライシングにより調節される細胞内因的/外因的なYAP1の機能を突き止め、これらの異なる作用によってがんの発症・進展が制御されることを明らかにしました。

TAZとYAP1は互いにロイシンジッパー(LZ)モチーフを有しており、YAP1のExon 6は、このLZ構造に必要な7残基毎のロイシン出現パターンを破壊します。Exon 6の有無によるYAP1の機能を比較した結果、Exon 6を含まない翻訳産物であるYAP1-2αアイソフォームはLZ構造を介したTAZとの結合に依存してSHP2と三者複合体を形成しました。一方、Exon 6を含むYAP1-2γはTAZとの結合能を喪失しSHP2とも相互作用できないことが判明しました。SHP2は細胞質においてRAS-ERK経路を促進しますが、YAP1-2αと結合したSHP2は核内へ移行する結果、細胞質での活性が低下します。また、核内に移行したTAZ-YAP1-2α-SHP2複合体はマクロファージを誘導するケモカインとして知られるCCL2遺伝子の転写を抑制し、自然免疫(腫瘍免疫)を不活性化することが示されました。これに対し、YAP1-2γの発現が優位な細胞ではSHP2が細胞質に蓄積しRAS-ERK経路が促進されますが、核内へ移行したYAP1-2γがCCL2の転写を活性化しマクロファージを誘導します。このように、YAP1の選択的スプライシングは、SHP2結合能の違いに起因して細胞自律的作用(細胞増殖)と細胞非自立的作用(腫瘍免疫)の間で正反対の腫瘍形成能をもたらすことが明らかになりました。

我々は、YAP1 exon 6スプライシングの制御分子としてSRSF3を同定し、さらにOncogenic KRASはSRSF3の発現低下を通してexon 6のスプライスアウト(排除)を促すことを明らかにしました。このようにKRASドライバー変異を有した細胞が腫瘍免疫を回避することでがんの発症・進展微小環境の構築に寄与する一連の分子機構が浮き彫りとなり、その中心的な役割を果たすYAP1-SHP2相互作用の重要性が示されました。

主要文献:Ben et al., Journal of Biological Chemistry (2020)

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